アトリウム風のガラス張り、
大理石の敷かれたエントランスホールは、
その広さよりも最上階までという高い高い吹き抜けが何とも荘厳で
そこでまずはと来客を威圧する。
商社としての体温は高く、
フロアは、整然としていて、だが、活気ある生気に満ち満ちており。
欧米、アジア、中東系と、
多彩な人種の社員らが、取引先との懇談だの打ち合わせだのへ
出掛けたり戻って来たりと忙しく行き交う風景は、
いつの時代も変わらぬそれだが。
そこは今時か、女性の特別職も多い社であるのを物語り、
それはそれはエクセレントなスーツ姿の、だが、
鋭たる覇気あふるる、女傑と呼べそうな幹部格の女性が、
かつかつとヒールを鳴らして凛然と闊歩する様も多数見受けられ。
そんな空気のせいだろか、
受付のカウンターに座っておいでの案内係のお嬢さんたちまでもが、
実は辣腕のスナイパー、肉食女子に見える恐ろしさ。
「…っ。」
「……。」
そんな彼女らを始めとする、ロビーに居合わせた社員らが、
一斉に緊張し、そのくせ、一糸乱れぬ統制で、
壁際へと見事にはけて、
奥まったエレベータゲージまでの道を一気に空ける見事さよ。
そこへと正面エントランスから踏み込んで来たは、
いかにもなまめかしい肢体へぴたりと添うた、
一流どころのそれだろう、
オーダーメイドのスーツを鎧うた、それはそれは麗しき佳人。
10センチはあるヒールを差し引いても結構な長身であるらしく、
それへ見合う均整なのだろ、伸びやかな四肢をし、
充実した胸元と腰つきを誇らしげにそびやかし。
危なげない、いやさ堂々とした風格もて、
広々としたロビーの隅々まで威容を行き渡らせつつ、
真っ直ぐに歩みを進める様は、まさしく女王の行幸に他ならず。
つややかな黒髪は豊かで、
腰を覆うほどまでの長さであるに、その毛先までが瑞々しく。
絖絹を思わせるきめの整った肌は、深みのある白がいかにも妖麗。
精緻に整った美貌は、鋭にして艶冶。
知的な冴えが、美笑を冷酷そうなそれへ見せるも、
それさえ凄艶美麗な蠱惑として、人を魅了する甘い蜜に転変する、
こちらの妖しの美姫こそ、
この、世界市場にてめきめきと台頭中にして
活気あふるる巨大商社の最高CEOであり。
「グランツ・コーポレイトとの調印式は何時からじゃ。」
「14時でございます。」
「そうか。ではそれまでに、ドバイでの商談の報告書を。」
「はっ。」
かつこつと微塵にも揺らがぬその歩みを一瞬も止めることなく、
恭しくも要領を心得た声や言い回しではあれ、
周囲から次々に途切れなく差し出される予定や報告を、
一つとして聞き漏らす事なく
てきぱきと処理してゆくのもいつものこと。
それほどお忙しい身ゆえ寸暇を惜しんでというのもあるが、
このくらいのこと、
瞬時に英断出来ずしてどうするかという矜持もお強い女帝ゆえ、
余程に大きな決裁以外は、
これで通ってしまって通常運転という頼もしさ、なのだが。
「アケボノ会の定例会へのご返事はいかが致しましょう。」
「そうじゃったの。…うむ。」
やや特長のある名前を耳にし、
忘れていた訳ではなく、ちょっとした思い入れあっての逡巡を、
珍しくもちらと匂わせた、麗しきCEO様。
濡れたようなエナメルの赤が映える、形の良い指先で
細おもてのあご先をちょんちょんとつつくと、
「よし、わらわが直々に参ろうぞ。」
「は…い…? ?????」
主幹の誰それへ任せようぞという
想定内のお返事へと先走りしていた脳が、
ちょっと待ったとストップをかけたのは
それを直接伺った秘書のみならず。
周囲に居合わせた様々な連絡員やら秘書部の担当、
CEO自身の予定を
管理統括しているセクレタリ顧問などなどが、
えっと息を引き、その場へ凍りつく中。
構いもせずのやはりすたすた、淀みなく歩み続けた彼女に
ただ一人追従し得た、まだまだうら若き傍づきの少女だけが、
それは楽しそうに頬笑んで見せる。
「どのくらいお久し振りになりますか? 日本は。」
居合わせた社員らはいづれもベテラン級の顔触れであり、
そんな人々からすれば、
研修中の見習いにも満たぬだろう年頃の少女だというに。
今の今現在の、
こちらの女帝の思うところを最も把握しているようであり。
そんな彼女の無邪気な物言いへ、だが、
眉を寄せることもなく、
むしろふふと微笑むお顔の婉然と美しく。
「そうよな、もう5年、いや6年にはなろうかの。」
まるで取っておきの美酒をちろりと舐めたよな、
それはそれは甘い吐息をほうとつき。
視線を頭上へついと上げ、
中空に姿が見えるかのように、愛しき人の名を紡ぐ。
「達者でおるものかの、ルフィ……。////////」
透けるような真白き頬をかすかに朱(あけ)に染め、
今だけは可憐とも言える表情を見せた、
世界に名だたる総合商社“アマゾンリリー”のCEO、
その名もボア=ハンコック嬢の。
本人でさえ把握し切れぬ秒刻みのスケジュールが、
何年か振りに一気にごっそりと
“有給”の2文字でご本人により差し押さえられ。
上級幹部らがそろって頭を抱える騒ぎとなったのは、
それからほんの半月後のことである。
そして………。
BACK/NEXT →
*はい、タイトルの伏せ字は“蛇”でして、
蛇は寸にして人とを飲むという故事成語があるんですね。
大人物は幼きときより
どこか人と違うところがあるという意味だとか。
満を持してのハンコック様の登場ですが、
どういう扱いかは、まだ内緒vv
……つか、思わせ振りじゃあなくって、
根性が尽きたので続きにて。
もしかしてお友達がごっそり減るかもなぁと思いつつ、
でも曲げないんだ、こっからの設定。
すべてはこの夏の酷暑がいけないんだからね。(おいおい)

|